|
|
稲の刈り入れが済むと、蔵入れの季節が待っている。美しい山の紅葉がさびかかってくると、蔵人たちは来春まで長い別れを家族と交わし、蔵元へと向かう。
人の心の欲しい秋、木の実も落ち、何となく哀愁を感ずる。若い頃は、別れの辛さを感じた。だが、「大事な仕事だ」と心に言い聞かせて家族と別れてくる。
蔵元では、大きな財産を預ける蔵人たちを暖かく迎え入れる。蔵入りをすると、早速蔵の清掃が始まり、掃除は極めて丁寧に、造り蔵等は天上まで綺麗に雑巾をかけ、蔵内全体を殺菌消毒する。又、良い酒を造るには米・水・当時の腕・の三拍子が揃っている事が一番大切な条件である。
特に水は、吟味する又は大量に使用する為、何本か井戸を掘ってある。井戸は必ず井戸替えをし、清める。
仕込み水として良質でない時は、山から天然湧水を引き、その天然湧水は吟醸酒に深い味わいを与えてくれる。こんこんと筧から湧き出る水は酒造りに携わるものにとって壮厳にさえ見える。
蔵の清掃が済めば、神主から蔵のお祓いと井戸のお祓いをして頂く。酒蔵では、仕込蔵の正面に酒神である、松尾大明神が祭られてあり、神の前で社長をはじめ蔵人一同、今年の造りが良酒醸造と蔵人たちの無事息災を祈願して、玉串を捧げる。
神主の祝詞は、蔵の中に朗々と響き、身の引き締まる思いがする。その夜は顔合わせと称し、蔵人の紹介や今年の役職についても紹介される。そして主人共々、蔵人一同宴会をするのが一つの習慣になって居ります。酒の宴は夜が更けるまで続くが、酒人達の心は早や今年の酒造りに馳せているのである。
前にも話した通り、酒造蔵では仕込蔵の正面に酒の神様として松尾大明神を祭り、汚れを哀れむとして女人禁制としたのは、千石酒屋に工場制手工業方式が採られ、農漁村から若い季節労働者が入り込む様になった元禄期頃と思われます。
蔵人は、蔵の出入りには必ず替え草履に履き替え、蔵内の神聖さと清潔さを保ったのです。現在もこれはどこの蔵でもキチンと守られています。
伊丹(現在の兵庫県)の伊丹諸白が「丹醸」として台頭してきた頃の「西鶴織留」に『池田伊丹の売酒水より改め、米の吟味、糀を惜しまずさわりある女は、蔵に入らず男も替え草履はきて出入りすれば軒を並べて今の繋盛栄えて上々吉々諸白』と伊丹郷の造り酒屋を描写しております。
「酒庫口の履き替え草履寒造り」とは泊雷の詠んだもので、蔵内の草履は履き替えで清潔さを保ち、酒造りに精神した彼等こそ酒造技術を今日の水準にまで高めた人達である。
|
|
<< 戻る 目次 次へ >>
|
|
|